社外取締役と投資家との対話の場「スモールミーティング」

川崎汽船は2025年3月28日に臨時株主総会を開き、機関設計を従来の監査役会設置会社から新たに指名委員会等設置会社へと移行しました。今回移行後の状況および今後の展望について意見交換・情報共有を図る場として、取締役会議長(非執行)、社外取締役、機関投資家、アナリストを交えたスモールミーティングを開催しました。

ガバナンス体制の刷新と指名委員会等設置会社への移行

姫野:川崎汽船は2025年3月28日に臨時株主総会を開き、機関設計を指名委員会等設置会社に変更しました。このタイミングでガバナンス体制を刷新した狙いとは何でしょう。

明珍:指名委員会等設置会社へと移行した一番の目的は、経営の執行と監督の明確な分離です。事業環境が激変する中、執行に大きな権限を委譲し、リスクを適切に取り迅速な意思決定と経営の遂行を行う体制としました。3つの委員会(指名・監査・報酬)を通じて、執行の監督もしっかり行っていくことにより経営の透明性を確保し、変化への対応力の向上、企業価値の最大化に向けたガバナンス体制の強化を図ります。

山田:移行して半年たち、各委員会では本格的な取り組みの整備を始めています。これまでも社外取として取締役会で視点や意見を提起してきましたが、今は各委員会で報告を受けてそれを評価する立場となりました。各委員会の評価が取締役会の議論や決定に影響を与えるという意味では重責を担います。もっとも執行に全て任せるというよりは、今は執行の話をきちんと聞き、皆で意見交換をしている段階です。新しい事業分野をどうしていくのかという大きな議論等をしており、その積み重ねで新しい体制を一定の水準まで上げていきたい考えです。

政井:報酬委員会では中長期的な企業価値向上に向けた適切なインセンティブ設計等に取り組んでいます。当社の報酬制度は2023年に改定しており、透明性の高い仕組みや制度の運用を行ってきました。そこに指名委員会等設置会社という機関設計が乗ってきたという認識です。委員会を通じてより実効性の高い取り組みが求められています。
 報酬委員会を運営する上でのプリンシプルは3つ。移行により、グローバルな人材の確保、経営目標と連動したインセンティブ設計、ミスコンダクトに対するディスインセンティブなどが可能となりました。こうした日本ではかなり先進的な報酬委員会の体制を利用して、中期経営計画や経営の目的に沿った運営をしていきます。

柿沼:皆さんがおっしゃるように、取締役会では大規模な案件を議題とし、それ以外は執行に任せる形になるかと思います。しかし特に投資管理に関しては、厳密にやり過ぎると適切なリスクを取れない部分もあります。社外取の皆さんから見て、御社の攻めと守りのバランスはどう感じますか。また、さらなる経営管理の高度化が必要なところはどこでしょうか。

山田:海運業はボラティリティが高いため、安定的な財務基盤を備えると共に、状況の変化に応じて素早く決断し行動に移すことが重要となります。例えば中計策定時にはコロナ禍後のONEの収益性の向上は誰も予測できませんでした。邦船3社(川崎汽船、商船三井、日本郵船)の中でも一番規模の小さい当社は、中長期的な視点から監督・評価すると同時に、執行の素早い決断と行動を促す部分を高度化していかなければならないと考えています。

広兼:取締役会で実際に今、どのような議論が深まっている、以前よりも進展しているといった手応えを感じるところはどこですか。

明珍:取締役会の運営や議論も変化してきました。これまで個別案件や小規模な投資についても協議していたところから、より大局的な視点から事業方針に沿って事業にどう取り組むのか、またポートフォリオや資本構成も踏まえた事業戦略等を議論する形に進化しています。

山田:以前の取締役会は個別案件の○×を決める場でした。「こういう話があり、投資や規律の面から見るとこうなるが、いかがでしょうか」というような内容です。現在はもっと戦略的に、全体をどういう方向でどう動かすかという話が増えています。まだ試行錯誤の段階ですが、たとえばONEのことや最適資本構成についても議論の方向性は変わってきています。

小高:われわれの立場からは戦略に関してもう少しハイレベルな部分で、会社の方向性や事業の在り方について時間をかけて議論したいです。

政井:機関設計の話では、社外取としてどう関わるのかとよく聞かれます。しかし、逆の観点から言えば、執行のやることが明確になり、そこでリーダーシップが発揮されて初めてわれわれはモニタリングボードとして成り立ちます。この点については、執行も監督もこのような認識に変わってきています。また社内外から人材を受け入れるという柔軟性を持った機関設計となったのは、邦船3社では当社だけです。人材が不足しているというのは、日本の企業に共通の課題である中、当社が優位性を発揮するというタイミングが来るでしょうし、そうした委員会の運営をしていきます。執行には人材プールの発想や人事の在り方も含めてトランスフォームすることを後押しし、そこをきちんとモニタリングしていきたいです。

広兼:社外取の役割を考えると、海運業特有のボラティリティや資本コストの考え方、最適資本構成等について、業界やその特性を知らないと監督や評価は難しいのではないでしょうか。

山田:一例として、先ほど挙げたコロナ禍後のONEの収益性向上に関しては、海運業に長くいる・いないに限らず、誰も予想し得ないものでした。社外取の役割は執行とは違う株主目線から意見を出し、それに対して執行が説明して方向性をつくるというものです。これにより執行と株主の間の齟齬がなくなり、全員で一致して企業価値の最大化を目指すことができます。逆に海運業界に詳しい人材だけを集めるなら、社内の取締役だけでいいと感じます。

小高:私も海運業の知見はありませんでしたが、金融のバックグラウンドを生かし、投資やリスク管理の部分で貢献できればと考えています。

政井:私も同じです。相場やレバレッジに長く関わっており、また20年ほど外資系企業にいた専門知識を生かせればと思っています。社外取の重要な役割は、業界や社内の常識に対して、素朴に「なぜそれをやっているのか」と意見を出せることです。そういう直感的なWhyを大事にしていきたいです。

サクセッションプランと人材育成への取り組み

姫野:指名委員会では、経営規律を向上させるべく、サクセッションプランへの関与や強化、CEO再任検討の評価面談等の取り組みへの期待があります。

山田:取締役会では会社の置かれた状況や今後の方向性、対応の仕方、背景等を説明するようになっているので、指名委員会ではそこに矛盾がないか、企業価値向上に資するものかどうかを見ています。その中でCEOや執行役員にもできるだけ幅広く説明をしてもらうようにする一方で、あわせて中長期的な視点でサクセッションプランを設計できる体制を整備中です。人事、育成、キャリアパス、サクセッションとつながる道筋がなければ選任できません。ここは執行と協議しながら、指名委員会として踏み込んでいく必要があると感じています。

手塚:サクセッションプランは、CEOや執行役員に求められる資質や適性などの要件や、5年後か10年後かといった時間軸によって、選ばれる人も変わります。指名委員会ではこの先の外部環境の変化等も踏まえ、長期的な時間軸で育成プラン等を議論されているのでしょうか。

山田:おっしゃるとおり、長期的視点から、会社を率いるリーダーシップ、事業の専門知識、現状認識力を持つマネジメントを育てる人材育成について議論しています。ただし、当社のように事業部門が分かれていると、CEOになるような人材がその事業についてどの程度の知識があった方がいいのか、あるいは全社を高めていく視点があるほうがいいのか、スペシャリストなのか、ゼネラリストなのか等の視点も方針に盛り込まなければなりません。そこでは大きな人材育成方針を打ち出し、そこでキャリアパスをつくり、個人を当てはめていくという人事の取り組みが必要です。委員会ではその全体像を見て評価し、その上で選任する形になります。

手塚:人事部の役割も変えながら、バックキャストで経営人材をしっかり育成していく、ということだと思います。人事部によるタレントマネジメントの状況の確認にとどまらず、これが将来の経営人材育成の方針と整合しているかの確認など、指名委員会として取締役会で議論していただき、しっかりモニタリングしてもらいたいと思います。
 もう一つ、報酬委員会の評価を元に出てきた報酬が、企業価値向上や中長期的に見て適切なインセンティブ設計になっているのか、どう検証してどう判断し、改善を図っていこうとしているのでしょうか。例えば実効性評価のアンケートの中で意見を吸い上げ、その回答を開示してもらえるとインセンティブ設計が適切かどうか投資家も分かりやすいと思います。

政井:重要な示唆をありがとうございます。先ほども申し上げた通り、2023年より先進的な報酬制度の運用が始まっています。今は投資家の皆様や社会から見て適切であることをどう担保するか、それをどう開示・共有していくかを議論しています。前者は外部の知見も取り入れつつ、投資家や社会の要請とずれがないか、経営の方向性とインセンティブ設計が合致しているかを念頭に置き、報酬体系は常に可変であるという前提の下、取組んでいきたいと考えています。開示の部分につきましては、お話しにあった実効性評価の中で設問を設け、回答を開示するというのは一つの手法だと思いますので、参考にさせていただきたいと思います。

木村:2025年3月に五十嵐社長が就任された際の選定プロセスについても教えていただけますか。また、取締役会では今後の再任に際してどのような点を見るのでしょうか。

山田:当時は任意の指名委員会で選定して候補者を絞り、一人一人にインタビューをして決めました。五十嵐社長はリーダーシップ、海運業に関する知見、株主総会等での受け答えなど明晰な頭脳等を踏まえ、衆目が一致しました。再任に関しては株主の目線も意識しながら、業績評価が前提となります。ただし、どの程度のタームで見ていくかは議論の余地があります。タームの見方と業績の短期的な見方を一本の評価軸にするために、例えば中計の方向性に沿ったリーダーシップが発揮されているかなどを強化された監視・監督機能で見ていきます。

荒川:サクセッションのお話を伺い、執行側が成長戦略として打ち出す各事業で結果を出せる人材が育つかどうかに関心があります。また、人的資本経営の社会的機運があるところで、指名委員会では執行側の動きをどのように見ていますか。中計で会社の進むべき方向性が示される中、事業環境の変化に伴い、社内で人材を育てたり外部から採用したりするケースが出てきます。そうした将来を見据えた人材育成の動きについて感じていることはありますか。

山田:これからの新しい事業分野を考える上で、設備や会社だけが進展するのではなく、それを動かす人材を含めての投資です。この投資については焦らず見定めていきたいです。加えて、当社の在り方として、CCSについても洋上風力についても、強みである本業の知識を持って戦うという戦略は正しいと思います。こうした事業戦略を踏まえた長期的な人材戦略を考えていくべきだという点についても、指名委員会として意見を出していきます。

資本効率と企業価値向上への意識

姫野:資本コストを意識した経営、またPBR1倍に向けた取り組み状況について、どう評価されていますか。

小高:取締役会に上程される投資案件の資料等は定量的に分析されており、経営から現場にいたるまで資本コストの意識は浸透していると評価しています。PBR1倍については、取締役会も社外取も常に意識して議論しています。
 中計で最も重要視しているのが、鉄鋼原料、自動車船、LNG船というステーブルなリターンを生む3事業をいかに成長させていくかということです。ボラティリティの高いコンテナ船事業はPL・BSへのインパクトが大きいので、資本効率をよく考え、規律を持って投資をコントロールしています。ただし、ONEは邦船3社がそれぞれ監督しているため、どう総意をつくりONEの経営を効率化させていくかは課題です。
 キャッシュアロケーションは、営業キャッシュフロー1兆5,000億円に対し、投資キャッシュフロー6,100億円、株主還元8,000億円以上としています。残りは今後の事業環境の変化を踏まえ、一部後ろ倒しの投資、株主還元への配分も対象にマネジメントアロケーションとして取り扱っています。株主還元を重視していますが、成長投資をもう少し増やしてもいいと考えています。そのためにはM&Aなども含めて、良い投資案件をソーシングすることが重要です。

政井:資本政策、最適資本構成に関しては、当社含め邦船社が資本市場にさらされて評価される中、究極の目的はボラティリティをどう安定化し、投資家から信任を得続けるかだと考えています。どんな状況でも安定的な配当を見通すために、自己資本の留保がどれだけ必要なのか、将来の成長に資するお金をどれだけアロケートするか。この按分については、議論を重ねてきていますが、一度決めたら動かさなくてよい、という訳にはいかないマクロ環境だと認識しています。資本のアロケーションの在り方をマクロ環境の変化に合わせて常に見直していくというフィードバックが不可欠です。成長投資については小高さんに同意します。

白須賀:最適資本構成のところで、ボラティリティの高い事業なので、固定して考えるのではなく、常に見直すことが重要というのはおっしゃる通りだと思います。一方で、現在、3年先、5年先を見据えて、本当に最適な資本構成になっているのかどうか、またその検証について、取締役会で議論されているのでしょうか。

政井:ボラティリティのある事業は投資リスクが高いため、ポーションは小さくなります。逆に自己資本であれば厚みがあってしかるべきですが、「動かさないお金は利益を生まないから無駄」との指摘もあり、適切な判断が求められています。一方で、株主還元という形で、株主、マーケットの期待に応えていくということも必要ですし、その期待に対して安定的に応えていけるだけの留保は幾らなのかという、このある種のトレードオフの問いに対して何が適正なのか執行の説明を聞ききながら、その時その時で判断していくものだと考えています。

手塚:事業ごとにBSのデットとエクイティのバランスがあると思います。そうした事業別のリスクの状況に応じた最適資本構成の議論は深まっているのでしょうか。短期間で稼いだことに対して還元を厚くする方針もよく分かりますが、将来の事業投資が不足していないかと感じます。その際にエクイティをどの程度入れていく必要があるのか。現在の形はボラティリティの実績や今後の投資を踏まえた時に適切なのか。まず事業投資の資本のバランスが取れているか、そしてそれ以外の金融資産は持ち過ぎていないか、と分けてご説明いただくと投資家も分かりやすいと思います。

小高:ONEに関しては、単体での最適資本構成について常に議論しており、ONEの現場でもその分析を行っています。それ以外の事業は、本来はサム・オブ・ザ・パーツのような形で資本のアロケーションを考えるのがよいのではないかとも思いますが、もう少し細かく資本のアロケーションを考えてもいいかもしれません。

山田:私からも補足すると、事業別といっても例えばLNG船は大きな投資になります。その利回りやWACCはリスク率を掛けて計算しており、細かいリスクの状況を含めた投資の判断をしています。中計の成長事業の投資もリスク率を計算した上で行っています。それにより長期的な安定をつくり、ボラティリティを防ぎながら自営事業を展開しています。

手塚:株主である邦船3社の総意が必要なONEと比較して、自営事業がより大きくならないと安定性は高まらないように見えます。その意味でも、自営事業でのデットとエクイティのバランスで、ONEの部分を補うという議論の深化をお願いしたい。

野田:執行と比べて社外取はONEから少し離れた位置にいて、あくまでも報告を聞く立場であり、意見がダイレクトに反映されるわけではない。社外取の方から見て、ONEの存在はどのような手触り感でみているのでしょうか。

山田:おっしゃる通りです。実は、今年1月にONEに出向き、CEOと話して状況を確認してきました。ONEの存在感は大きく、PBRにも関係してきます。それだけに株主3社できちんと話し合い、現場とも意思疎通を図るよう繰り返しお願いしています。

尾坂:本日の会合では、ONEの重要性をあらためて認識しました。最もリスクマネジメントをしなければならないほどの存在感がある一方で、どれだけ利益を上げることができるのか、今後どうなるのかも見えづらい状況です。もっと情報開示していただければと思います。

明珍:私からも情報開示については執行に働きかけたいと思います。本日はお忙しい中、皆様と直接対話する貴重な機会を頂き、ありがとうございました。頂いた示唆や気付きを経営に反映できるよう、執行にもフィードバックして、企業価値の最大化、PBR1倍以上を目指してまいります。引き続きご支援を賜りますようお願い申し上げます。

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